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三木清人生論ノートより [詩人・読書]

 


 

今日の人間は幸福について殆ど考えないようである。
試みに近年現れた倫理学書、とりわけわが国で書かれた倫理の本を開いてみたまえ。
ただの一箇所も幸福の問題を取り扱っていない書物を発見することは諸君にとって甚だ容易であろう。
かような書物を倫理の本と信じてよいのかどうか。
その著者を倫理学者と認めるべきであるのかどうか、私にはわからない。
疑いなく確かなことは、過去の全ての時代においてつねに幸福が倫理の中心問題であったということである。
ギリシアの古典的な倫理学がそうであったし、ストアの厳粛主義の如きも幸福のために節欲を説いたのであり、キリスト教においても、アウグスティヌスやパスカルなどは、人間はどこまでも幸福を求めるという事実を根本として彼らの宗教論や倫理学を出立したのである。
幸福について考えないこと今日の人間の特徴である。
三木清「人生論ノート 幸福について」より
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この本が書かれて半世紀、いまだに幸福と倫理の関係性を確たるものにしていない。
ダライ・ラマ来日の際のインタビューがNHK特集として以前放映された。
彼が言いたかったことのひとつが三木清のこの文章に集約されている。
かくいう、私も幸福と倫理のリンクを会得しているようには思われない。


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